入ったばかりの新人をどう育てていくか。
それは歯科医院でも一般企業でも共通の大きな課題です。
とくに歯科医院においては、新人歯科衛生士の育成に多くの歯科医院が苦心しているのが現状です。
歯科衛生士をはじめとする院内スタッフは、医院の将来をともにささえていくための仲間。そのための人材育成にはコストと時間の負担がついてまわります。
入職して数年経ってから、新人歯科衛生士に「成長したな〜!」と言えるくらいの教育体制をつくるには、どう工夫するのが良いのでしょうか?
この記事では、院長としての立場から、新人歯科衛生士の育成における課題と解決策について、具体的な事例を交えながら解説していきます。
「仕事ができない」と感じてしまう現状、あなただけではない
新人歯科衛生士の育成に悩む院長は少なくありません。
期待と現実のギャップ、他の医院での取り組み事例、具体的な課題など、多くの医院が直面している問題について詳しく見ていきましょう。
新人歯科衛生士への期待と現実のギャップ
目の前の患者さんと、その治療に追われる日々。
歯科衛生士学校を卒業したばかりの新人に対して、どうしても即戦力としての期待を抱いてしまいがちです。しかし、実際の臨床現場では、学校で学んだ知識と実践にはかなりの隔たりがあります。
とくに多くの院長が感じているモヤモヤとして、基本的な器具の扱いかたや患者さんとのコミュニケーション能力が、思ったよりも足りていないという点が挙げられます。
例えば、スケーリング時の器具の持ち方や力加減、患者さんへの声かけのタイミングなどの実践的なスキルについて、現場での戸惑いが見られます。
在学中の実習で習わなかったのか?と言いたくなるところですが、実習はあくまでもスタートライン。
自分の得意と苦手を客観的に把握したり、実務のイメージをつかんだり、座学で得た知識と臨床現場を結びつけるくらいの進度で捉えておく方が良いでしょう。
即戦力!と期待してしまうのはお互いにとって良くないのかもしれません。
さて、実際に衛生士が入職したあとは、彼女らの現段階のスキルと医院が求めているスキルのあいだのギャップを埋めるステップが必要になります。
それには、段階に応じた育成プログラムの構築が不可欠です。まずは基本的な業務から始め、徐々に難易度を上げていく構成がおすすめです。
他院の歯科衛生士育成事情は?
地域の研究会や勉強会など、横のつながりでの情報交換は、育成のヒントを得る貴重な機会。
実際に成功している医院では、以下のような「成長できる仕組み」が整っていることが多いものです。
方法 | 良い点 | 懸念点 |
---|---|---|
メンター制度 | 個別指導が可能、細かなフォローができる | メンターの負担が大きい |
段階的タスク管理 | 成長過程が可視化できる | 管理システムの構築に時間がかかる |
定期的な症例検討会 | 実践的な学びの機会となる | 準備に時間がかかる |
外部研修の活用 | 専門的な知識を効率的に習得できる | コストがかかる |
「仕事ができない」と院長が感じてしまう理由
ここで、新人歯科衛生士に対して「仕事ができない」と感じる理由を分析してみましょう。
- 技術的な未熟さ
器具の扱いや治療アシストのルールなどは、医院によって方針がまったく異なります。そのため、院長や先輩衛生士から見ると、新人衛生士の動きが不満に感じることも多くあります。これは単なる経験不足が原因です。確実なレクチャーと訓練を積むことで改善ができます。 - コミュニケーション能力の不足
患者さんへの説明がうまくできない、ドクターや他のスタッフとの情報共有がうまくできないといった課題もあります。このような、コミュニケーションと判断に関わる課題は、実務を重ねていくうちに少しずつできるようなっていくものです。習得までは優しく指導しつつ、見守りましょう。 - 時間管理・優先順位付けの課題
複数の業務を同時にこなす必要がある歯科医院では、シビアな時間配分とタスクの優先順位付けがとても重要です。慣れるまでは、新人は特にこの部分での戸惑いが大きいでしょう。
「仕事ができない」新人歯科衛生士を戦力化する育成戦略
1年後、2年後に新人歯科衛生士を確実に戦力にしていくためには、計画をもって育成していくための戦略が不可欠です。
まずは指導体制をつくりあげるポイントから、具体的にどう教育するかのプログラムづくりまで、実践的なアプローチ方法を見ていきましょう。
院長が主導する育成システムづくり
新人歯科衛生士が先生の想像どおりの姿にまで成長してもらうためには、先生自身がリーダーシップをとりながら教育を手動していくこと。それが第一のポイントです。
- 週ごとのミーティングをおこなう
毎週決まった時間に、新人衛生士の成長度合いや課題について話し合うタイミングを作りましょう。人が成長するためには、現状と課題を確認する作業は不可欠です。この時、お互いの信頼関係を築くためにも、本人からの意見を積極的に聞き取り、双方向のコミュニケーションを心がけましょう。 - チェックリストを活用する
習得してほしいスキルを細かく分類し、達成度を見える化したチェックリストを作成します。本人も成長の過程を実感しやすくなりますし、チェックリストは今後の新人スタッフや現スタッフのスキルアップにも大いに役立ちます。 - 録画を活用する
患者さんの同意を得たり、患者役となるスタッフに協力してもらった上で、実際の診療場面を録画し、後で振り返りを行うこともおすすめです。自身の動きを客観的に見られる体験はあまりありません。これまで認識できていなかった課題が見えてくる可能性があります。
教育ツールと研修プログラムへの投資
パッケージングされた教育サービスは、導入のためにまとまったコストがかかってきます。
ですが、教育への投資は将来の利益となり得ます。医院の規模や予算に合わせて導入を考えるのも手です。
投資項目 | メリット | 代表的なサービス・会社名 |
---|---|---|
eラーニングシステム | 自主学習の促進 | DH-KEN so easy |
実習用マネキン | 基本技術の習得 | 株式会社ニッシン フィード株式会社 株式会社 歯愛メディカル |
外部講師による研修 | 専門知識の向上 | 各教育研修機関など |
モチベーションを高める職場環境づくり
新人歯科衛生士のモチベーションを維持できれば、本人の成長をさらに後押しすることができます。
さらに、モチベーションの有無は、新卒スタッフの早期退職理由に深く関わっています。とくに、自分がこの職場で必要とされていて、仲間のひとりだと認識されているというモチベーションは、辞めずに長く働くための大きな原動力となります。
- 定期的な1on1面談をおこなう
月1回程度の個別面談を通じて、悩みや課題を吸い上げます。本人自身や先生から見て特に問題点がなかったとしても、独り立ちするまでは定期的に面談の場を設けてください。フォローされているという安心感を感じられたり、先生との信頼関係を築く時間をつくることで、本人のモチベーションを良い状態で保つことができます。 - 成果の見える化と評価
前項のチェックリストと連動させて、具体的な目標を設定しましょう。このチェックリストの◯番までを◯ヶ月で、という形で期日を設定すると取り組みやすいです。上記1on1で達成度合いを定期的にチェックすると◯。個別のチェックリストには、患者さんからの評価やスケーリングにかかった時間など、測定可能な指標を数字で記載してください。 - キャリアパスの明確化
モチベーションを高めるためには、「未来の見通しが立っていること」がとても重要です。何を目指したら良いのか、これから自分はどう成長していけば良いのかが見えてこないと、何事にもやる気は起きないものです。将来的なキャリアビジョンを院長自ら示し、段階的な目標の設定を行いましょう。1年後、3年後、5年後くらいであれば、程よくイメージがつきやすいです。
歯科衛生士2年目以降の育成は?中堅スタッフへの成長を促す
2年目以降の育成では、より専門的なスキルの習得と、チームの中核を担ってもらうための成長を促しましょう。
- 専門分野の確立
矯正、小児歯科、予防歯科など、医院の専門分野に携われる機会をつくったり、認定歯科衛生士などの資格取得を見据えた学習に取り組んでもらうのも良いでしょう。 - 後輩指導の機会提供
1年目に自分が教わってきたことを、次は後輩に指導するという役割にも挑戦してもらいましょう。誰かに仕事を教えるという責任感とプレッシャーが、自身の知識やスキルの再確認にもなります。 - 院内勉強会での発表
定期的な症例発表や研究発表の機会を設けましょう。各症例に対する理解を深めたり、プレゼンテーション能力にも期待できます。
採用段階から「仕事ができる」歯科衛生士を育てるには
実は、人材の育成は採用段階から始まっています。
単に優秀な人を採用すれば良いという話ではなく、医院の方針・先生の考え方・スタッフの雰囲気・本人の希望など多角的な面から「医院の個性とマッチした人材」を見つけましょう。
職場にピッタリあった人材=どの医院で働いても優秀な人材、というわけではないかもしれません。しかし、マッチ度の高いスタッフは環境に馴染んで自然と成果を発揮できますし、長く働いてくれるケースがとても多いのです。
では、どうすればマッチした人材を見極められるのか?
詳しくは下記の記事でご紹介していますので、ご覧ください。
入職前の準備で差をつける
入職前から計画的な準備を行うことで、スムーズな現場デビューが可能です。
ここで注意したいのが、研修を行う場合。参加が強制である場合は「労働」とみなされるため、給与の支払いが発生するケースがあります。
入職するまでの期間はあくまでも雇用契約外。
一生懸命になるあまり、あれこれお願いしすぎるのは衛生士にとっても過度なプレッシャーです。いざ入職して発生するであろうギャップを、少し緩やかにしてあげようくらいの気持ちで捉えておくとちょうど良いかもしれません。
- プレ研修の実施
入職前に基本的な医院の雰囲気やルールを理解してもらいます。 - 必要書類・マニュアルの事前共有
診療手順や使用機器のマニュアルを事前に共有し、基礎知識を身につけてもらいます。 - 先輩・教育担当者との事前面談
教育担当となる先輩と事前に顔合わせをしておくことで、入職初日の緊張感を和らげます。
まとめ
新人歯科衛生士の育成は、医院の将来を左右する重要な課題です。
一方で、「仕事ができない」と感じているその状況は、教育システムとフォローの体制を整えることで改善が可能です。
なかでも一番大切なのが、院長自身が教育体制づくりを主導していくこと。
衛生士へ求めるスキルは先生それぞれで大きく異なります。医院のリアルに合わせた育成システムをつくることで、誰しもが確実に戦力となれる仕組みを実現することができます。
また、採用段階での見極めや計画的な準備によっても、効果的な人材育成が可能となります。
院長として、スタッフの成長に寄り添い、フォローを続けることで、必ず結果は付いてきます。焦らず、計画的な育成を心がけましょう。