歯科医師と歯科衛生士はどちらも国家資格が必要な職業ですが、歯科衛生士に任せても問題のない業務範囲がどこまでかと聞かれたら、明確に説明できますか?
皆様ご存知だと思いますが「どこからどこまでが可能で、何がダメなのか」やってはいけないことを事細かく法律で定められているわけではありません。違いは把握していても、実際に診療している中では判断に迷ったり、疑問を感じることもあるのではないでしょうか。
特に以前働いていた歯科医院や知り合いの医院で任せているような業務は、無意識のうちに「歯科衛生士に任せても良いもの」だと思ってしまっている可能性もあります。
今回は歯科衛生士がやってはいけない業務や、法律で決められた業務範囲を守る重要性について、歯科衛生士の本音を交えながら解説していきます。
歯科衛生士の業務とは
歯科衛生士の主な業務は『歯科衛生士法』により以下の3つと定義づけられています。
①歯科予防処置
虫歯や歯周病を予防するための業務です。
フッ化物の塗布や歯石除去、PMTCなどの口腔ケアにより、虫歯や歯周病のリスク低下を図ります。
②歯科診療補助
歯科医師がスムーズに診療を行えるように、サポートする業務です。
歯科医師の指示の元、医療行為の一部を行います。これには歯周組織検査や歯周初期治療、メンテナンスケアなども含まれると考えられます。
③歯科保健指導
患者様がお口の健康を保てるように、歯磨きの仕方や口腔ケアについての指導を行います。また、生活習慣や食習慣などの知識を伝え、口腔環境の改善や維持を促します。
この3つの中で、最も判断が難しかったり迷ったりしがちなのは「歯科診療補助」ではないでしょうか。
次の項では、法律を確認しながら診療補助の範囲について改めて考えていきます。
歯科衛生士が歯科診療補助を行える理由
前提として「診療補助」は、歯科助手などにも認められているアシスタントワークのことを指しているのではありません。
元々は保健師助産師看護師法により看護師・準看護師・保健師及び助産師だけに認められた行為でしたが、歯科衛生士法の第二条二項により、歯科衛生士の歯科診療の補助が認められるようになりました。
加えて歯科衛生士法第十三条の二では、以下のような記載もあります。
「歯科衛生士は、歯科診療の補助をなすに当つては、主治の歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、又は医薬品について指示をなし、その他歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない」
引用:『歯科衛生士法』ー厚生労働省
つまり歯科医師の指示があれば、上記のような業務を「行っても良い」ということです。
歯周病患者の歯周組織検査、歯周初期治療やメンテナンスなどは、この法律によって良しとされていると考えられるでしょう。
次の項では、診療補助としてどこまで歯科衛生士に任せて良いのかどうか判断する際に基準となる医療業務の2つの種類についてご説明いたします。
歯科診療補助はどこからどこまで?絶対的歯科医行為と相対的歯科医行為とは
歯科医師が行う医療業務は、以下のような2つの種類に分けられます。
絶対的歯科医行為
歯科医師しか行ってはいけない医療行為のことを指します。
例えば「歯を削る・歯肉を切る・麻酔をする・レントゲン撮影をする」といった業務です。
歯科衛生士はやってはいけない業務になります。
相対的歯科医行為
医師の指示の元に、歯科衛生士が行っても良いとされている行為のことをいいます。
歯石除去やホワイトニング、表面麻酔の塗布や矯正治療のワイヤーの交換・装着、仮歯の調整・仮着などです。
この2つのうち、歯科診療補助として業務を行うことが可能なのは「相対的歯科医行為」です。
とはいえこの2つの線引きは、明確に決められているわけではありません。
実際に歯科衛生士がどこまでの業務を行うかは、歯科医院の方針や歯科医師の裁量によるのが現状だからです。
「相対的歯科医行為」を歯科衛生士に任せる場合は、必ず歯科医師の監督下で行われるようにしてください。
もし監督下にない状態で問題が起きてしまった場合、事故やトラブルに繋がることも十分に考えられます。そうなった場合は、監督していなかったことについても問題視される可能性があるでしょう。問題が起きてから困ることのないよう、日頃から念頭において診療を行うことが大切です。
相対的歯科医行為の基準は?
おおまかには「絶対的歯科医行為」以外の業務は、監督下において歯科衛生士が歯科診療の補助として行うことができる行為だと考えても良いかもしれません。
ただし指示の内容には判断基準があります。医学的な判断は歯科医師が行い、歯科衛生士の熟練度を考慮して、一人ひとりに見合った業務を監督下で指示することになります。
どこまでの業務を「相対的歯科医行為」とするのかは、歯科の各専門学会のガイドラインにも定められたりしていますが、学会によって考えが異なる行為もあるようです。
参考:『歯科衛生士業務(診療補助)に関する業務ガイドライン』ー 一般社団法人日本ヘルスケア歯科学会
歯科衛生士がやってはいけない業務を具体的に紹介
1986年(昭和61年)に日本歯科医師会に提出された『歯科衛生士の業務範囲についての調査報告書』では、歯科診療の補助の業務について次のような考え方が記載されています。
歯科衛生士教育のレベルとその浸透度、実際に業務に従事している歯科衛生士の知識技能の状況などから考えて
①歯牙の切削に関連する事項
②切開や、抜歯などの観血的処置
③精密印象をとることや咬合採得をすること
④歯石除去のときの除痛処置をのぞいた各種薬剤の皮下、皮内、歯肉などへの注射などは、主治の歯科医師が歯科衛生士に指示するには適切でないと考えられる。
引用:『歯科衛生士の業務範囲についての調査報告書』ー 日本歯科医師会
つまり抜歯や歯・歯肉に傷をつけるような行為、精密印象、レントゲン撮影、注射による麻酔などは「絶対的歯科医行為」に値するということです。これらを歯科衛生士が行うことはできません。
日本歯科医師会(歯科医療の手びき)『歯科医療補助者のそれぞれの役割』(昭和39年)では、歯科医師の指示を前提とした歯科診療の補助についての1つの目安が示されています。その中で歯科医師法に触れると考えられるとされているものは、以下の通りです。
- う蝕の処置(軟化牙質の除去)
- 歯髄・根管の処置(治療充填を含む)
- 窩洞形成
- 局所麻酔薬の注射
- 印象採得(義歯作製のためのもの)
- 咬合採得
- 義歯の装着・調整
- 矯正装置の調整
- X線の撮影
上記内容に対していくつかの照会があり「インレー・冠の装着はできない」「ちょう薬(仮封)、裏装剤のちょう布、マトリクス装着・除去、充填材の填塞、充填物の研磨」に関しては主治の歯科医師の指示があればできるとの回答がありました。
また「予診(主訴をきき、概要を記録する)や、歯科医師の口述を筆記する際はカルテに書き込むことは許される」「主訴を聞き取りカルテに記載することはできない」といった内容も書かれています。
歯科衛生士に歯科診療補助について指示する時は、これらを踏まえた上で行うようにしましょう。
違法行為がバレたらどうなる?
過去には、違法行為をして逮捕された歯科衛生士もいます。また容認していた歯科医師も同様に逮捕されました。
歯科衛生士がやってはいけない行為をすることは、法律違反となり何らかの処罰を受ける対象になるのです。
もし違法行為が問題になった場合は「間違った認識をしていた」「知らなかった」で済まされることはないのだということを肝に銘じておきましょう。
歯科衛生士がレントゲン線撮影を行った場合
レントゲン撮影の際の準備や位置付けなどを歯科衛生士に任せている歯科医院は多いと思います。
そこまでは相対的歯科医行為の範囲内だと考えられますが、撮影まで指示している先生方はいらっしゃいませんか?
ボタンを押して撮影をすることは、明らかな違法行為です。違反した場合は『診療放射線技師法』により次のような処分が下されます。
第三十一条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役若しくは五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 第二十四条の規定に違反した者
引用:『診療放射線技師法』ー厚生労働省
処分を受けた歯科衛生士はどうなる?
罰金刑以上の刑が確定すると、歯科衛生士は厚生労働省から資格を取り消されたり、期間を定めて業務停止処分がなされる可能性があります。
参考:『歯科衛生士法』歯科衛生士法 四条及び八条一項
具体的にどのような処分が下されるのかまでは把握していなかったとしても、多くの歯科衛生士は違反行為に好意的ではありません。
しかし雇われている立場として、院長にそのことを伝えられる人はそういないということを忘れないでください。
歯科医院の長である院長自身が、しっかり法律を守って診療を行っていくことが大切です。
法律を守ることは歯科衛生士からの信頼にも繋がります
前の項で、違法行為があっても院長に伝えられる歯科衛生士はなかなかいないとお伝えしました。
一昔前の予防が重視されていなかった時代では、歯科衛生士の業務の多くは「歯科診療補助」が占めていたかもしれません。
現在では予防の重要性が広く認識され、定期的にメンテナンスに通われる患者様も多くいらっしゃいます。「歯科診療補助」以外の業務の割合も大きくなりました。ほとんどの歯科医院で歯科衛生士が不足するほど求められている状況には、このような時代背景も関係していると思います。
では実際のところ、違法行為について歯科衛生士はどう思っているのでしょうか。
違法行為に対しての歯科衛生士の本音
ぶっちゃけてお伝えすると、多くの歯科衛生士は「違法行為はしたくない」と思っています。
その理由は、単純に法に背きたくないというものだけではありません。
歯科衛生士の業務の大部分は、歯科医師の指示や監督がないと行えないものではあります。しかし患者様の口腔内を「より良くしたい、より良い歯科医療を提供したい」という思いで、彼等なりに考え責任感と誇りを持って業務にあたっています。
患者様と歯科医師の間に立つ立場だからこそ、胸を張って業務ができるかどうかは歯科衛生士にとって重要なことなのです。
そのため法律に対して院長がどのような振る舞いをするかは、歯科医師や医院への信頼感に直結しています。もし違法行為と思われる指示をされることがあったら、それに従うことに抵抗や後ろめたさを感じてしまう人もいるでしょう。
このような思いは、言葉にしなくてもおのずと患者様に伝わってしまうものではないでしょうか。
経営者として思うところは色々あると思いますが、上記のように感じる歯科衛生士も少なからずいるということを念頭に置いていただけたらと思います。
違法行為をさせないことは歯科衛生士が働きやすい環境作りでもある
今回は、歯科衛生士に任せることが可能な業務範囲やそれを守る重要性についてご説明しました。
歯科衛生士にとって、法律を遵守した環境は安心できるものです。整った環境で業務に取り組むことで、自らの仕事に集中でき、結果にも繋がると思います。
周りの歯科医院を見渡せば、違法となりかねない行為を歯科衛生士にさせている医院もあるかもしれません。しかしそれを理由に、同じように指示することは非常に危険です。
患者様からの通報やスタッフによる内部告発、SNSによる拡散などもあり得ないことではありません。最悪の事態を引き起こすことのないよう、ぜひこの機会に日頃の様子を思い起こしてみてくださいね。
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