現在、歯科衛生士不足は深刻です。ご存じの通り、歯科衛生士法が2015年に見直され、歯科衛生士法第2条1項内の「女子」という表記が「者」へと改正されました。しかし、男性の歯科衛生士はあまり増えていないのが実情です。
一般社団法人全国歯科衛生士教育協議の「歯科衛生士教育に関する現状調査の結果報告」によると、令和4年度の歯科衛生士学校の卒業者は全国で7,162人です。それに対し、求人数は148,289人と約20倍の求人倍率となっています。
求人を出しても、応募さえないこともある事態に頭を悩ませている先生方もいることと思います。スタッフを確保するために、既に職場環境や福利厚生などをはじめとした待遇の改善を図っていらっしゃる先生方も少なくないのではないでしょうか。
近年では、正社員やパート・アルバイトという働き方以外に、単発勤務というスタイルも目立ってきています。とはいえ、歯科衛生士不足解決の兆しはまだまだ見られないというのが現状です。
今回は歯科衛生士不足の解消に繋げるための1つの可能性として、男性の歯科衛生士にスポットライトを当てていきます。なぜ男性の歯科衛生士は少ないのか、また今後活躍できる男性の歯科衛生士を増やすために医院として何ができるかについて考えていきましょう。
実際どのくらいいる?男性歯科衛生士の実態
男性の歯科衛生士は、一体日本に何人くらいいるのでしょうか。
厚生労働省が行った「衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況※1」によると、令和2年の全国の歯科衛生士は145,183人です。
日本歯科衛生士会により2020年に行われた「歯科衛生士の勤務実態調査報告書※2」では、回答者8,932人のうち全体の99.0%が女性、0.4%が男性となっています。単純計算するとおよそ35人ということになりますが、歯科衛生士会に在籍していない人もいるでしょう。実際には、もう少しいると想定できます。
※1 参考:厚生労働省「令和2年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」
この数値からすると、男性にとって歯科衛生士はまだまだ積極的に就きたい職業ではないのかもしれない、とも考えられるでしょう。
米国には日本よりも多くの男性の歯科衛生士がいる!
米国の歯科衛生士は、社会的地位も収入も高い職業です。歯科医師の指示がなくても、局所麻酔や歯周病の診断などを行うことが可能で、独立開業することもできます。そのため男性の歯科衛生士は、女性の歯科衛生士と同じように一般的な存在となっているようです。
離職後に復職しない歯科衛生士が多い理由
歯科衛生士が離職して復帰をしていない理由の1つには、ライフスタイルの変化があげられます。女性が多い歯科衛生士という職業では、妊娠・出産をきっかけに退職し、そのまま復帰していない人は多くいます。
復帰しやすいように環境を整えている歯科医院も増えていますが、それでも復帰しない・できない人も少なくありません。
歯科衛生士が退職する理由は?
復職を考える歯科衛生士は、歯科衛生士という仕事が好きで「歯科衛生士としてまた働きたい」という想いを少なからず持っています。
では、退職した理由は何なのでしょうか。
2020年に日本歯科衛生士会が発表した「歯科衛生士の勤務実態調査報告書※2」によると、非就業者の退職理由と割合は以下のような内容です。
- 出産・育児 16.7%
- 結婚 11.6%
- 職場の人間関係 23.2% (経営者との人間関係 15.6%、同僚との人間関係 7.6%)
「出産・育児や結婚」はライフステージの変化によって生じる理由です。もし男性の歯科衛生士を雇用していたならば、少なくともこのようなライフスタイルの変化による人手不足は解消できるかもしれません。
とはいえ「出産・育児」の割合は5年前(2015年に実施※3)と比べると20.6%→16.7%と減少しているのも事実です。これは、多くの歯科医院の院長先生が産後も働きやすいようにと環境を整備している結果だともいえるでしょう。
※2 参考:「歯科衛生士の勤務実態調査報告書(第9回)」 P.146 第3章 調査結果の詳細 XⅠ.非就業者
※3 参考:「歯科衛生士の勤務実態調査報告書(第8回)」 P.150 第3章 調査結果の詳細 XⅠ.非就業者
男性の進出が人間関係の問題解決に繋がる可能性も
2015年の「歯科衛生士の勤務実態調査報告書(8回)」の調査結果と比べると「出産・育児」の割合が減っているのに対して「職場の人間関係(経営者・同僚)」を理由に退職した人は、2.3%→23.2%と約11倍に増えています。
歯科医院は、スタッフのほとんどが女性である職場です。それゆえに生じてしまう問題も決して少ないとはいえないでしょう。派閥が生じたり、嫉妬や妬みから関係が悪くなったり、嫌がらせなども実際にあります。
女子校と共学では雰囲気が異なるように、男性歯科衛生士が増えて院内の男女の比率が変化することで、職場の人間関係にも変化が現れるのではないでしょうか。
次の項では、男性の歯科衛生士を雇用することによりどのようなメリット・デメリットが期待できるのか解説していきます。
男性の歯科衛生士を雇用するメリット・デメリット
ここでは、男性の歯科衛生士を雇用する上で考えられるメリット・デメリットをあげていきます。女性の歯科衛生士として、実際に医院で働く中で感じていることも交えながらお伝えしていきたいと思います。
男性の歯科衛生士であるからこそ得られるメリット
①ライフスタイルの変化による退職が少ない
現在の世の中の傾向としては、まだまだライフステージの影響を受けやすいのは女性です。今後、歯科業界でも男性が育児休暇などを取得する場面も出てくるかもしれませんが、当面は今のままだと思われます。
妊娠・出産に関しては、女性しかできないものでもあるため、一時的にでも離職することにはなるでしょう。その点男性の歯科衛生士であれば、この面については解決できるかもしれません。
②男性に対応して欲しい患者様もいる
歯科医院には、多くの患者様が来院します。患者様のタイプも様々です。女性歯科医師を希望して来院する方がいるように、男性の歯科衛生士を希望する方もいるかもしれません。
中には、院長など男性の歯科医師には感じが良いのに、私たち女性の歯科衛生士が対応する場面になると急に態度が変わる方も…。歯科医師と歯科衛生士の違いや性差によるものなのか、はたまた未熟ゆえなのかはわかりませんが、このような時にも間に入って対応してもらえると、女性の衛生士としてはありがたいです。
③体力や力が必要な仕事も任せられる
運動をしていたり体力に自信があったとしても、生まれ持った性差による身体的な違いはあるものです。
一度に大量に届く消耗品を運んだり、多くのカルテを片付けたりすることは、女性にとっては結構ハードな作業。
また歯科医院には、身体的なフォローを必要とする患者様もいらっしゃいます。院内での車椅子などからユニットへの移動や、訪問先での介助など、男性だからこそ安定した対応ができるということもあるのではないでしょうか。
④女性にはない視点での意見を求められる
人それぞれ考え方や視点が違うことは前提として、さらに性差によって生じる違いもあるのではないでしょうか。思考傾向や置かれている立場によっても、視点は異なるもの。男性の歯科衛生士の意見を得られる機会があることで、提供できる歯科医療の質をより向上させられるかもしれません。
例えば赤ちゃんや幼児を連れてくる母親であれば、同じ子育て経験のある人の方が適切なアドバイスができると思います。また患者様からの共感も得られやすく、相談もしやすいでしょう。
男性の場合も同様で、父親の立場からの視点でのアドバイスは男性の患者様にとって受け入れやすいものかもしれません。似たような立場の人だからこそ相談できる、ということはありますよね。
⑤職場の雰囲気が変わる
職場によってはもちろん、男女の比率によっても職場の雰囲気や人間関係は異なると思われます。
現在院長1人が男性で、他のスタッフは全て女性という状況にある先生方も少なくないでしょう。その状況にやりづらさを感じている方がいらっしゃるとしたら、仕事がしやすくなるかもしれませんし、男性ならではの視点で考えたり話したりすることも可能になるかもしれません。
将来的に歯科医院に勤務する男性の歯科衛生士が増えたら、良い方に変わってくれることを期待します。
男性の歯科衛生士を雇用するデメリット
①抵抗を感じてしまう患者様もいる
男性の方が安心できる方がいるように、女性の歯科衛生士を希望される方もいらっしゃるでしょう。ただし、個々の患者様に合わせて対応していけばこの点はデメリットにはならないと思います。
②給与面の問題で転職する可能性がある
仮に家族を養っていかなければならない立場だとした場合、日本の平均年収をやや下回ってしまう可能性があります。自由診療の多い医院や歩合のある医院であれば給与も高くなる傾向がありますが、金銭的な面で不安を感じて転職してしまうこともあるかもしれません。
③職場に馴染めるかどうか
女性が多い職場に上手く馴染める人と、馴染めない人がいるでしょう。既に男性のスタッフがいればその可能性は下がるかもしれませんが、初めての場合は受け入れる側の既存スタッフたちも戸惑ってしまうかもしれません。
④ロールモデルが確立されていない
男性の歯科衛生士はまだ少なく、歯科衛生士としてのロールモデルが確立されていません。そのためキャリアアップや給与面などをどうしたら良いのか、参考にできる例がないともいえます。どのように設定したら納得が得られ、良い関係を築けるのか、経営者側は悩んでしまうこともあるでしょう。
このように男性の歯科衛生士を雇用するに当たってデメリットはあるとはいえ、男性であるからこそ期待できるメリットも多くあります。
個人的には、力仕事やセクシュアル・ハラスメントがあった時に頼れる存在がいるというのはとても心強いです。体力や力に自信があったとしても、やはり男性と女性では身体の作りが異なります。患者様に対して身体的なフォローが必要な時や、暴れてしまうお子様に対応しなければならない時などは、しっかりと支えきれないこともあるのが正直なところだからです。
さらに虫が侵入してきた時や重いものを運ばなければならない時、高いところに置いてあるものを取る必要がある時などに、率先して対応してくれたりもしたらとても嬉しいです。院長にはなかなか頼みづらいこともありますので…。
歯科衛生士不足を乗り越えるための医院の課題
上記でお伝えしたメリット・デメリットを踏まえた上で、男性の歯科衛生士が活躍できる環境を作っていくために何ができるのか考えていきましょう。男性の歯科衛生士が増えることにより、歯科衛生士不足が少しでも解消されることを願います。
①「歯科衛生士=女性の職業」という固定概念を変える
同じ医療職でも、男女比の差が少ない職業や歯科衛生士よりも男性が多かったりする職業もあるでしょう。
個人的には、歯科医師は「治療」歯科衛生士は「予防」という異なる業務を主としているため、視点や思考が異なる場面も少なくないと感じています。だからこそ双方がパートナーとして力を合わせることで、より良い歯科医療を提供できるのではないでしょうか。
しかし一般社会に出てみれば、残念ながら未だに歯科衛生士に対して「歯科医師のお手伝い」「歯医者にいるお姉さん」というイメージをお持ちの方もいらっしゃいます。まずは、このイメージを変えていくことが歯科業界に求められているのではないかと思います。
②給与面での待遇を見直す
先ほどもお伝えした通り、家族を養う立場になった時には歯科衛生士の給与は高いとはいえません。とはいえ、中には勉強し続けていない歯科衛生士もいますし、ただ単に給与をあげるというのは違うと思います。
キャリアアップや歯科に限らず仕事の幅を広げるなど、参考となる目標を作ってみるのはいかがでしょうか。それらを身につけ、実行できるようになれば「給与アップできる」というイメージです。
③男性であることを生かせる機会を作る
歯科衛生士に任せている業務の中で「こんな時なら男性であることが生かせるかもしれない」と思えることはありませんか?
医院特有の業務でも構いません。必要とされていることを示すことで、歯科衛生士という職業に興味を持ってくれる方も出てくるのではないかと思います。
④ロールモデルを確立する
給与面の待遇についての項でもあげましたが、参考となる目標やロールモデルを確立することが大切だと思います。
例をあげるならキャリアアップとして認定資格や医療事務、歯科以外の仕事として経営面でのフォローやバックオフィス業務などです。多様性の時代ですから、歯科医院サイドにも歯科に限定しないような柔軟な考え方が求められるでしょう。
歯科衛生士への固定概念を捨てることがはじめの一歩かもしれません
今回は男性の歯科衛生士が少ない理由や、衛生士不足を解消するためにできることなどについて解説しました。
歯科衛生士の資格や知識を生かせる機会は、臨床だけではありません。経理や採用活動のフォローを行うこともできますし、歯科技工士とのダブルライセンスを持っている人や、フリーランス歯科衛生士として施術や教育を行う人も増えています。
またセミナー講師や美容サロン経営、歯科医院のホームページ作成・ライターなどと業界を超えて活躍している歯科衛生士もいます。職種を超えて様々な仕事ができる歯科衛生士であれば、外注せずに済むこともあるはずです。それなら経営者側も「待遇を良くしないと歯科衛生士が確保できないから」ではなく、純粋に「給与をあげよう」と思えるのではないでしょうか。
歯科衛生士である私も含め、歯科業界から「歯科衛生士=歯科医院で衛生士業務をする」という固定概念を捨てることが大切なのではないかと思います。その先に、新たなキャリア形成のヒントや男性にも歯科衛生士になりたいと思わせるヒントが隠されているかもしれません。
この記事をきっかけに、歯科衛生士の不足しない未来が少しでも近づいてくれれば幸いです。
当メディアを運営する株式会社ナインデザインでは、歯科衛生士から応募が集まる求人の作り方について以下のセミナーにて詳しくお伝えしています。人手不足、特にDH不足に苦しんでいる先生は必ずご覧ください。