歯科医院におけるスタッフの満足度と定着率向上は、医院経営の重要課題となっています。特に人材確保が難しい昨今、適切な労働環境の整備は欠かせません。本記事では、スタッフと医院双方にメリットをもたらす「ホワイトな固定残業代制度」について、その導入方法から運用のポイント、成功事例まで詳しく解説します。法令遵守はもちろん、スタッフの意欲向上と経営の安定を両立させる具体的なステップを見ていきましょう。
歯科医院における「ホワイトな固定残業代」とは?
歯科医院において適切な労働環境の整備は、スタッフの採用・定着だけでなく、医院全体の生産性や評判にも直結する重要な課題です。固定残業代制度を正しく導入することで、労務管理の適正化とスタッフのモチベーション維持を両立させることができます。特に歯科業界では、職種によって業務量や残業の傾向が異なるため、実態に合った制度設計が求められています。
人材獲得競争の激化と定着率向上の必要性
歯科業界では慢性的な人材不足が続いており、特に歯科衛生士の採用競争は年々激しくなっています。厚生労働省の調査によれば、歯科衛生士の有効求人倍率は全国平均で7倍以上と言われており、都市部ではさらに高い数値を示しています。このような状況下では、単に高い給与を提示するだけでなく、労働条件の透明性や働きやすさが重要な採用ポイントとなっています。
たとえば、求人情報サイトのアンケート調査では、歯科衛生士の転職理由の上位に「残業が多い」「給与の不透明さ」が挙げられています。固定残業代制度を適切に導入することで、給与の透明性を高め、残業に対する適正な対価を明示することができます。具体的には、基本給20万円に対して10時間分の固定残業代1.5万円を明示するなど、明確な条件提示が可能になります。これにより応募者は自分の働き方とのマッチングを判断しやすくなり、入職後のギャップによる早期退職を防ぐことができるのです。
スタッフのモチベーションと医院全体の生産性向上
適切に設計された固定残業代制度は、スタッフの働きがいとモチベーション向上にも寄与します。残業に対する適正な対価が明確に示されることで、スタッフは自分の働きが正当に評価されていると感じ、業務への取り組み姿勢も前向きになります。
具体的には、適切な固定残業代を導入している医院では、スタッフが時間内に効率よく業務を終わらせようとする意識が高まり、結果的に生産性の向上につながるケースが多く報告されています。例えば、受付スタッフが診療予約の最適化に取り組み、診療のスムーズな進行に貢献することで、医院全体の効率が向上した事例があります。
また、固定残業代とともに、残業時間の削減に向けた業務改善を進めることで、ワークライフバランスの向上とスタッフの満足度アップの好循環を生み出すことができます。残業が少なくなることでスタッフの疲労やストレスが軽減され、患者さんへの対応の質も向上するため、医院の評判向上にもつながるのです。
そもそも固定残業代制度とは?誤解されやすいポイントを解説
固定残業代制度は、その名称や仕組みから誤解されやすい制度です。単なる「残業させ放題」の制度ではなく、労働者の権利を守りながら運用すべき制度です。ここでは基本的な仕組みと、よくある誤解について解説します。
固定残業代の基本的な仕組み「一定時間分の残業代を給与に含める」制度
固定残業代制度とは、あらかじめ一定時間分の残業代を基本給とは別に給与に含めて支払う制度です。正式には「固定残業手当」や「みなし残業手当」「時間外労働手当」などと呼ばれることもあります。この制度では、毎月の給与計算を簡略化できる一方で、法令に従った正しい運用が求められます。
たとえば、基本給20万円、20時間分の固定残業代3万円の場合、月給は23万円となります。この場合、実際の残業が20時間以内であれば追加の残業代は発生しませんが、20時間を超えた場合は超過分について別途支払う必要があります。具体的には、20時間を1時間超えた場合、基本給から計算した1時間あたりの残業単価(割増賃金)を追加で支払います。
この制度のポイントは、「基本給と固定残業代を明確に区分すること」「何時間分の残業代かを明示すること」「固定時間を超えた残業には追加で残業代を支払うこと」の3点です。これらの要件を満たさない場合、法的に無効となる可能性があります。
固定残業代は「残業させ放題」ではない!
固定残業代制度に関する最も大きな誤解は、「固定残業代を支払えば、決められた時間内なら残業させ放題」というものです。これは完全な誤りであり、固定残業代はあくまで「実際に行われた残業に対する対価」という位置づけです。
固定残業代を導入していても、残業をさせるためには36協定の締結が必要です。また、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える残業には、割増賃金(通常は25%増)を支払う義務があります。固定残業代はその一部を前払いしているに過ぎません。
たとえば、ある歯科医院では固定残業代制度を導入していましたが、スタッフに「月20時間分の残業代を払っているのだから、毎月20時間は必ず残業してもらう」と指示していました。これは制度の誤った理解であり、残業は業務上の必要性に応じて行うものであり、固定残業代のために無理に残業させることは本末転倒です。
正しい運用としては、実際の業務量に応じて残業が発生し、その対価として固定残業代が支払われるという考え方です。実際の残業が少なくても固定残業代は全額支払う必要があり、多い月は超過分を追加で支払います。この制度の本来の目的は、毎月の残業時間の変動による給与変動を平準化し、スタッフの収入を安定させることにあります。
ホワイトな運用に必須!固定残業代制度の法的要件
固定残業代制度を「ホワイト」に運用するためには、労働基準法などの法的要件を遵守することが不可欠です。ここでは、固定残業代制度が有効とされるための3つの重要な法的要件について詳しく解説します。
要件1:基本給と固定残業代部分の明確な区分
固定残業代制度の第一の法的要件は、基本給と固定残業代を明確に区分することです。裁判例によれば、給与明細や雇用契約書において、いくらが基本給で、いくらが固定残業代なのかを明示する必要があります。
たとえば、「月給25万円(うち固定残業代4万円)」のように記載することが必要です。「月給25万円(残業代込み)」という表現では、具体的にいくらが残業代なのか不明確であるため、法的には固定残業代として認められない可能性が高くなります。
具体的な区分方法としては、給与明細書上で「基本給」と「固定残業手当」を別項目として記載することが最も明確です。また、雇用契約書や労働条件通知書においても同様の区分を行い、固定残業代の金額を明記します。
なぜこのような区分が必要なのでしょうか。それは、残業代は基本給をベースに計算されるため、基本給と残業代の区別が不明確だと、正しい残業代の計算ができなくなるからです。また、裁判になった場合に、「残業代を支払っていた」という事実を立証するためにも、この区分は重要なのです。
要件2:固定残業代が何時間分の残業代に相当するかの明示
第二の法的要件は、固定残業代が何時間分の残業代に相当するのかを明示することです。単に金額だけを示すのではなく、何時間分の残業代なのかを雇用契約書や労働条件通知書に明記する必要があります。
例えば、「固定残業手当4万円(20時間分の時間外労働に対する手当)」のように記載します。この時間数は、その医院の実態に合った適切な時間設定であることが望ましいです。実態とかけ離れた短い時間を設定すると、毎月多額の追加残業代が発生し、制度の意味がなくなってしまいます。
時間数の設定にあたっては、過去の残業実績を分析することが有効です。部署や職種ごとの平均残業時間を算出し、それに基づいて適切な時間数を設定します。たとえば、受付スタッフの平均残業時間が月15〜20時間であれば、20時間に設定するといった具合です。
なお、この時間数は法定内残業(1日8時間以内、週40時間以内の所定外労働)と法定外残業(法定労働時間を超える労働)のどちらに対応するのかも明確にすることが望ましいでしょう。法定外残業の場合は割増率が異なるため、計算方法にも影響します。
また、「固定残業時間は20時間分を付与しますが、実際の残業時間は10時間程度です。」などを記載することで、求職者にとって安心感や自分のライフスタイルに合うのか?などの予測を与えることができます。
募集要項や求人票に実際の残業時間を記載することはとても需要ですよ!
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要件3:固定残業時間を超えた場合の割増賃金の支払い義務
第三の、そして最も重要な法的要件は、固定残業時間を超えた場合には、超過分について別途割増賃金を支払うことです。これを怠ると、未払い残業代として請求される可能性があります。
例えば、20時間分の固定残業代を支給している場合、実際の残業が25時間であれば、超過した5時間分の残業代を追加で支払う必要があります。この計算は、基本給をベースにした時間単価に割増率(通常25%以上)を乗じて行います。
具体的な計算例を示すと、基本給20万円のスタッフの場合、時間単価は約1,200円(20万円÷所定労働時間)となります。これに割増率1.25を乗じると、残業単価は約1,500円。超過した5時間分の残業代は7,500円となります。
この超過分の支払いを確実に行うためには、正確な労働時間管理が不可欠です。タイムカードやICカード、PCのログ記録などを活用し、実労働時間を正確に把握しましょう。また、残業の事前申請制度を導入し、必要な残業のみを行うよう管理することも重要です。
さらに、雇用契約書や就業規則はもちろん、募集要項にも、「固定残業時間を超えた場合は別途残業代を支払う」旨を明記しておくことで、求職者だけでなくスタッフにも制度の仕組みを理解してもらいやすくなります。
歯科医院が固定残業代を導入するメリット・デメリット
固定残業代制度は適切に導入・運用することで多くのメリットをもたらしますが、一方でデメリットもあります。歯科医院の経営者とスタッフ、それぞれの立場から見たメリット・デメリットを理解し、導入の判断材料としましょう。
経営側のメリット:給与計算の簡略化、人件費の見通しやすさ
固定残業代制度を導入する最大のメリットの一つは、給与計算の簡略化です。毎月の残業時間を集計して残業代を計算する手間が省け、固定残業時間内であれば一定額の残業代を支払うだけで済みます。特に小規模な歯科医院では、事務作業の負担軽減につながります。
たとえば、10人のスタッフがいる医院では、従来は毎月各スタッフの残業時間を集計し、個別に残業代を計算する必要がありました。固定残業代制度を導入することで、固定残業時間を超えたスタッフのみ追加計算すればよくなり、事務作業が大幅に効率化されます。
また、人件費の予測がしやすくなるのも大きなメリットです。残業の変動によって人件費が大きく増減すると、資金繰りが不安定になりますが、固定残業代制度により一定額までは固定化されるため、経営計画が立てやすくなります。具体的には、スタッフ一人あたりの人件費が月給に固定残業代を加えた金額で予算化でき、追加残業代は例外的な支出として管理できます。
さらに、ホワイトな労務管理をアピールすることで、人材採用や医院のブランディングにもプラスとなります。「残業代をしっかり支払う医院」という評判は、人材確保が難しい歯科業界において大きな強みとなるでしょう。
経営側のデメリット:運用を誤ると法的リスク、実際の残業が少なくても支払い義務
一方で、固定残業代制度には経営側にとってのデメリットもあります。最も大きなリスクは、運用を誤った場合の法的リスクです。前章で説明した法的要件を満たさない場合、固定残業代制度自体が無効とされ、過去に遡って残業代の支払いを命じられる可能性があります。
たとえば、ある歯科医院では固定残業代を導入していましたが、基本給と固定残業代の区分が不明確で、何時間分の残業代かも示していませんでした。退職したスタッフから残業代請求の訴えがあり、裁判の結果、2年分の残業代約180万円の支払いを命じられたケースがあります。このような事態を避けるためには、法的要件をしっかりと遵守することが不可欠です。
また、実際の残業が固定残業時間より少ない場合でも、固定残業代は全額支払う義務があります。たとえば、20時間分の固定残業代を支給しているのに、実際の残業が月5時間しかない状態が続くと、実質的に割高な人件費を負担することになります。このため、固定残業時間は実態に即して適切に設定することが重要です。
さらに、固定残業代制度の導入・運用にあたっては、専門家(社会保険労務士や弁護士)への相談費用や、就業規則の改定費用などの初期コストがかかる点も考慮する必要があります。
また、募集要項や求人票に記載される「固定残業代」に良いイメージを持たない求職者も一定数います。給与よりも時間を優先したい求職者にとっては「固定残業ってつけてるくらいだから、この医院は残業が当たり前なのかな」「長時間の残業があるのかな」などと誤解されることもあります。
面接やスタッフとの面談でしっかりと制度説明と実際の残業時間を明示して誤解されない説明をしてくださね!
スタッフ側のメリット:残業が少なくても一定収入、月々の給与安定
スタッフ側にとっての最大のメリットは、残業の多少に関わらず一定の収入が保証されることです。特に歯科医院では、季節や天候によって患者数が変動し、それに伴って残業も変動することがあります。固定残業代制度では、残業が少ない月でも固定残業代は全額支給されるため、収入が安定します。
例えば、夏休みや年末年始などの患者が少ない時期は残業も減りますが、固定残業代のおかげで給与は大きく減少しません。計画的な家計管理がしやすくなり、生活の安定につながります。
また、「残業代がきちんと支払われる」という安心感も大きなメリットです。歯科医院の中には残業代をきちんと支払っていない医院も存在し、その場合はスタッフの不満や離職につながります。適切に運用された固定残業代制度は、「残業しても正当な対価がもらえる」という信頼関係の構築に役立ちます。
さらに、求人応募時に月収がわかりやすいのもメリットです。「月給25万円(うち固定残業代4万円、20時間分)」と明示されていれば、入職後の収入イメージが持ちやすく、「思ったより給料が低かった」というミスマッチを防げます。
また、残業をしなければしないほどお得なので、業務を効率化させようという意識も働きます。
スタッフ側のデメリット:長時間労働の常態化懸念、制度への不理解による不満
一方で、スタッフ側にも懸念点があります。最も大きな懸念は、固定残業代が設定されていることで、残業が当然のものとみなされ、長時間労働が常態化するリスクです。経営者側が「固定残業代を払っているのだから、残業してもらって当然」という姿勢を取ると、ワークライフバランスが崩れる可能性があります。
例えば、ある歯科医院では毎月20時間分の固定残業代を支給していましたが、経営者はそれを「残業ノルマ」のように捉え、実際の業務量に関わらず毎月20時間の残業を暗に強制していました。これはスタッフの疲弊を招き、結果的に離職率の上昇につながりました。
また、制度への理解不足から生じる不満も問題です。「基本給が低く抑えられている」「残業しなくても残業代が含まれているのはおかしい」という誤解が生じることがあります。特に他の医院から転職してきたスタッフは、以前の給与体系との違いに戸惑うかもしれません。
さらに、固定残業時間を超えた場合の追加残業代の計算方法や申請方法が不明確だと、「きちんと支払われているのか」という不信感につながります。実際、超過分の残業代が適切に支払われないケースも少なくありません。
これらのデメリットを防ぐためには、制度の透明性確保と丁寧な説明が不可欠です。導入時や入職時にしっかりと説明し、固定残業時間を超えた場合の申請方法や計算方法を明確にしておくことが重要です。
ここがポイント!「ホワイト」と評価される固定残業代運用の秘訣
固定残業代制度を導入する医院は多いですが、その中でも特に「ホワイト」と評価される運用にはいくつかの秘訣があります。法的要件を満たすだけでなく、スタッフからの信頼を獲得する運用のポイントを解説します。
実態とかけ離れない「適切な時間設定」が鍵
「ホワイト」な固定残業代制度の最大のポイントは、実態とかけ離れない適切な固定残業時間の設定です。実態よりも極端に短い時間を設定すると、毎月多額の追加残業代が発生し、制度の意味が薄れてしまいます。逆に、実態よりも長い時間を設定すると、残業代の「先払い」という本来の趣旨から外れ、労働基準法違反のリスクも高まります。
適切な時間設定のためには、以下のポイントを押さえましょう:
- 過去6ヶ月〜1年の残業実績を分析する
- 職種ごとの平均的な残業時間を算出する
- 繁忙期・閑散期の波も考慮する
- スタッフごとの業務効率や経験値の差も考慮する
例えば、歯科衛生士の残業時間を分析した結果、平均18時間、最小12時間、最大24時間という結果が出た場合、固定残業時間は18〜20時間程度が適切でしょう。実態と近い時間設定にすることで、追加残業代の発生頻度を適度に抑えつつ、制度の趣旨を実現できます。
なお、採用時から固定残業代制度を適用する場合は、同職種の既存スタッフの残業実態や、業界の平均的な残業時間を参考に設定します。求人情報などでも「月20時間程度の残業があります」と明示しておくと、入職後のギャップも少なくなります。
時間設定は完璧である必要はなく、実態に「近い」設定であることが重要です。実態より少し多めに設定することで、スタッフにとってはメリットになる場合もありますが、あまりにも乖離した設定は法的リスクを高めるため避けるべきでしょう。

タイムカード等による正確な労働時間管理体制の構築
「ホワイト」な固定残業代制度の二つ目のポイントは、正確な労働時間管理体制の構築です。いくら制度設計が完璧でも、実際の労働時間を正確に把握していなければ、適切な運用はできません。
労働時間管理のためには、以下のような客観的な記録システムの導入が効果的です
- タイムカードやICカードによる出退勤管理
- 診療記録システムとの連動による実働時間の把握
- 業務用PCのログインログアウト記録の活用
- 定期的な労働時間の集計と分析
たとえば、あるクリニックでは「ICカードによる出退勤記録」と「診療システムの最終記録時間」を定期的に照合し、乖離がある場合は個別に確認するという方法で、正確な労働時間管理を実現しています。また、月に一度「労働時間確認シート」をスタッフに配布し、記録の正確性を確認してもらうことで、「知らないうちに残業時間が削られていた」という不信感を防いでいます。
労働時間管理にあたっては、以下の点に特に注意が必要です
- 始業前の準備時間:診療準備や着替えなど、業務の一環として行われる準備時間は労働時間に含まれます
- 休憩前後の残業:設定している休憩時間に跨った場合も本来は残業代を支払うべき内容となります
- 休憩時間の確保:6時間超の勤務では45分以上、8時間超では60分以上の休憩が法的に必要です
- 持ち帰り仕事の把握:自宅での書類作成なども労働時間に含まれます
- 研修・ミーティング時間:業務上必要な研修やミーティングも労働時間です
これらを適切に管理するためには、上記のようなシステム導入だけでなく、院長や医院長からの「正確な労働時間を申告する」ことの重要性の発信も必要です。「残業を隠さなくても評価に影響しない」「正確な申告が医院全体のためになる」というメッセージを繰り返し伝えることで、「サービス残業」の文化を払拭します。
始業前の準備、休憩前後の残業など規定労働時間以外は残業扱いに相当する部分となります。
今一度ご自身の医院では問題ないか?を確認してみてくださいね!
超過残業代は1分単位で確実に支払う姿勢
「ホワイト」な固定残業代制度の三つ目のポイントは、固定残業時間を超えた場合の追加残業代を、1分単位で確実に支払う姿勢です。この点が最も多くの医院で疎かになりがちですが、法令遵守とスタッフからの信頼獲得のために最も重要な要素といえます。
超過残業代の支払いにあたっては、以下の点を徹底しましょう:
- 1分単位での残業時間の集計と支払い
- 固定残業時間の超過分を毎月確実にチェック
- 給与明細への「追加残業代」の明記
- 超過理由の分析と必要に応じた業務改善
例えば、ある医院では固定残業時間を超過した場合、給与明細に「固定残業手当:30,000円(20時間分)」と「追加残業代:4,500円(3時間分)」を別々に記載し、スタッフが自分の残業代が適切に支払われていることを確認できるようにしています。
また、超過残業が常態化しているスタッフには個別に状況を確認し、業務効率化や負担軽減の方策を検討することも必要です。「毎月固定残業時間を大幅に超える」状態が続くようであれば、固定残業時間の見直しや、業務分担の再検討が必要かもしれません。
超過残業代の支払いを確実に行うことで、「残業代をきちんと支払う医院」という評判が広がり、人材確保の面でも有利になります。歯科衛生士などの専門職コミュニティは意外と狭く、「あの医院は残業代をしっかり払ってくれる」という評判はすぐに広まります。逆に、「超過分は払ってくれない」という評判が立つと、人材確保が困難になるだけでなく、労働基準監督署の調査対象になるリスクも高まります。
求人票への正しい記載方法:誤解を招かない表現とは
「ホワイト」な固定残業代制度の四つ目のポイントは、求人票やハローワークの求人情報への正しい記載です。誤解を招く表現は避け、応募者に正確な情報を伝えることが、入職後のミスマッチを防ぐ鍵となります。
求人票への記載にあたっては、以下のポイントを押さえましょう:
- 基本給と固定残業代を明確に区分する
- 固定残業代が何時間分の残業代かを明示する
- 固定残業時間を超えた場合の追加支払いについて明記する
- 実際の平均残業時間の目安も記載するとベター
具体的な記載例としては、以下のようなものが考えられます
月給:230,000円
(内訳)
基本給:200,000円
固定残業手当:30,000円(20時間分の時間外労働に対する手当)
※20時間を超える時間外労働については、別途割増賃金を支給します
※実際の平均残業時間は月15〜20時間程度です
このような明確な記載により、応募者は入職前に自分の給与体系を正確に理解でき、「思ったより給料が低かった」というミスマッチを防ぐことができます。
避けるべき記載例としては、以下のようなものがあります
月給:230,000円(残業代込み)
※残業代は月20時間分含まれています
この記載では、基本給と固定残業代の区分が不明確で、固定残業時間を超えた場合の追加支払いについても記載がありません。このような記載は、応募者に誤解を与えるだけでなく、労働基準法違反のリスクも高まります。
また、求人票には実際の残業状況についても、ある程度正直に記載することが望ましいです。「残業ほとんどなし」と記載しておきながら、実際には毎月20時間以上の残業があるような場合、入職後にスタッフの不満につながります。実態に近い情報を提供することで、ミスマッチを防ぎ、長く働いてもらえる人材を確保することができます。
定期的な制度の見直しとスタッフとのコミュニケーション
「ホワイト」な固定残業代制度の最後のポイントは、定期的な制度の見直しとスタッフとのコミュニケーションです。制度を導入したら終わりではなく、実態との乖離がないか、スタッフの不満はないかなど、定期的にチェック・改善することが重要です。
制度の見直しにあたっては、以下の観点からチェックを行います:
- 固定残業時間と実際の残業時間の乖離はないか
- 超過残業が常態化しているスタッフはいないか
- 残業時間の増減に影響する要因は何か
- スタッフからの制度に対する理解や満足度はどうか
例えば、「半年に一度、残業実態と固定残業代の設定を見直す」というルールを設け、必要に応じて固定残業時間や金額の調整を行うことが考えられます。医院の規模拡大や業務効率化によって残業時間が減少した場合は、固定残業時間の短縮や基本給の見直しを検討することも必要かもしれません。
また、スタッフとのコミュニケーションも非常に重要です。定期的な個別面談や匿名アンケートなどを通じて、制度に対する意見や不満を吸い上げ、改善につなげましょう。「固定残業代の制度がよくわからない」「残業申請の方法がわかりにくい」といった声は、制度の説明不足やコミュニケーション不足のサインです。
良好なコミュニケーションを実現するためには、以下のような取り組みが効果的です:
- 年に一度の「制度説明会」の開催
- 個別面談での労働条件の確認
- 匿名での意見箱の設置
- 労務管理を担当するスタッフの明確化
あるクリニックでは、毎年4月に「給与制度説明会」を開催し、固定残業代の仕組みや残業申請の方法などを改めて説明するとともに、スタッフからの質問や意見を受け付ける機会を設けています。また、新入職員には個別に制度の説明を行い、理解度をチェックしています。
このような取り組みにより、制度の透明性を高め、スタッフからの信頼を獲得することができます。「制度の見直しとコミュニケーション」は、固定残業代制度を持続可能な形で運用するための最も重要な要素といえるでしょう。
歯科医院ならではの注意点:職種や体制に合わせた工夫
歯科医院には様々な職種のスタッフが勤務しており、それぞれの業務内容や残業の傾向も異なります。ここでは、歯科医院ならではの注意点や、職種・体制に合わせた固定残業代制度の工夫について解説します。
歯科衛生士・歯科助手・受付など職種ごとの残業傾向の違い
歯科医院における主な職種である歯科衛生士、歯科助手、受付スタッフには、それぞれ異なる残業傾向があります。この違いを理解し、職種ごとに適切な固定残業代制度を設計することが重要です。
歯科衛生士の残業傾向: 歯科衛生士の残業は、主に「予約患者の延長」「急患対応」「クリーニング作業」などから発生します。特に、患者の状態によって予定時間を超過するケースが多く、予測が難しい傾向があります。また、診療終了後のクリーニングや準備作業にも一定の時間を要します。
例えば、最終予約が17時30分の患者で、通常45分の処置が必要な場合、予定通りであれば18時15分に終了します。しかし、患者の状態や治療内容によっては30分程度延長することもあります。さらに、器具のクリーニングや翌日の準備で20分程度かかると、19時近くになることも珍しくありません。
歯科助手の残業傾向: 歯科助手の残業は、「診療の補助」「後片付け」「器具の準備・滅菌」などから発生します。診療スケジュールに強く影響を受けるため、歯科医師や歯科衛生士と同様のパターンで残業が発生することが多いです。
具体的には、最終診療が延長すれば、それに伴って歯科助手の業務も延長します。また、使用した器具の洗浄・滅菌や診療室の清掃など、診療終了後に一定の業務が発生します。特に滅菌作業は省略できない重要な工程であり、確実に行うために一定の時間を要します。
歯科助手の場合、月の残業時間は歯科衛生士とほぼ同様か、やや多めの15〜25時間程度が一般的で、20時間程度の固定残業時間設定が適切であることが多いです。
受付スタッフの残業傾向: 受付スタッフの残業は、「会計処理」「翌日の予約確認」「レセプト作業」「保険請求事務」などから発生します。月初や月末に業務が集中する傾向があり、残業も偏りがちです。
例えば、月末には翌月の予約表の最終確認や、患者への連絡業務が集中します。また、月初にはレセプト作業や保険請求事務が発生します。日々の業務としては、最終患者の会計処理や翌日の予約確認、カルテの整理などがあります。
このように、職種ごとに残業傾向が異なるため、一律の固定残業時間を設定するのではなく、職種ごとに適切な時間を設定することが望ましいです。ただし、同一職種内では均等な取り扱いが原則であり、経験や能力による過度な差別化は避けるべきです。
困ったときは専門家へ相談!社労士・弁護士・税理士活用の目安
固定残業代制度の導入や運用に不安がある場合は、専門家への相談を検討しましょう。ここでは、社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談するタイミングや選び方について解説します。
固定残業代制度の導入や大幅な見直しを検討している段階で専門家に相談することには、大きなメリットがあります。主なメリットと相談すべきタイミングについて見ていきましょう。
相談するメリット
- 法的リスクの回避: 固定残業代制度は法的要件が厳格で、要件を満たさないと制度自体が無効とされるリスクがあります。専門家に相談することで、法的要件を満たした適切な制度設計が可能になります。例えば、基本給と固定残業代の区分方法や、雇用契約書・就業規則の記載内容について、法令に則ったアドバイスを受けられます。
- 医院の実態に合った制度設計: 経験豊富な専門家は、多くの医院の労務管理を見てきた知見があります。あなたの医院の規模や特性、スタッフ構成などを踏まえた、最適な制度設計のアドバイスが得られます。「職種別にどう設定すべきか」「適切な固定残業時間はどのくらいか」といった具体的な相談が可能です。
- スムーズな導入プロセスの構築: 制度導入にあたっては、スタッフへの説明や同意取得、就業規則の変更など、様々なステップがあります。専門家のサポートを受けることで、これらのプロセスをスムーズに進められます。特に「スタッフへの説明資料作成」や「同意書のフォーマット作成」などで具体的な支援を受けられます。
相談すべきタイミング
- 制度導入の検討段階: 固定残業代制度の導入を検討し始めた段階で、まずは専門家に相談しましょう。初期段階からアドバイスを受けることで、効率的かつ適切な制度設計が可能になります。
- 残業実態の調査後: 残業時間の実態調査を行った後、その結果を持って専門家に相談するのも効果的です。「このような残業実態ですが、どのような制度設計が適切でしょうか」といった具体的な相談ができます。
- 制度設計案ができた段階: 自院で制度設計案を作成した後、専門家にチェックしてもらうというアプローチも有効です。「この設計案に法的問題はないか」「改善すべき点はあるか」という観点でのアドバイスを受けられます。
専門家選びのポイント
- 歯科医院・医療機関の顧問実績: 歯科医院や医療機関の顧問実績がある専門家を選ぶことが重要です。歯科医院特有の労務管理(シフト制、診療時間と労働時間の関係、歯科衛生士等の専門職の労務管理など)に詳しい専門家であれば、的確なアドバイスが期待できます。
- 医療業界の最新動向への理解: 医療業界、特に歯科業界の最新動向(診療報酬改定の影響、人材不足への対応、働き方改革の影響など)を理解している専門家が望ましいです。業界特有の課題を踏まえたアドバイスが得られます。
- コミュニケーション能力と相性: 専門家との相性も重要な選択基準です。わかりやすく説明してくれるか、こちらの状況や意図をきちんと理解してくれるか、質問に丁寧に答えてくれるかなど、コミュニケーション面での相性を確認しましょう。
最後に
歯科医院の経営において、人材の確保と定着は最重要課題の一つです。特に歯科衛生士など専門職の採用競争が激化する中、適切な労務管理と「働きやすさ」のアピールは大きな差別化要因となります。
固定残業代制度を「ホワイト」に運用することは、単なる法令遵守以上の価値をもたらします。スタッフの満足度向上、人材確保の優位性、業務効率化のきっかけなど、様々なメリットが期待できるのです。
「スタッフが活き活きと働く医院は、患者さんも心地よく通える医院」です。固定残業代制度の適切な設計・運用を通じて、スタッフも経営者も、そして患者さんも満足できる、持続可能な歯科医院経営を実現しましょう。