2022年4月1日より、中小企業においても職場のパワーハラスメント(パワハラ)防止対策措置が義務化されました。
「気をつけているつもりでも、自分の言動がパワハラになっていないか心配…」
「どのようなことをするとパワハラになってしまうの?境界線がわからない」
このように思っている院長もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで今回は、今更聞きにくい「パワハラって何?」というところから、パワハラの具体例、そして院長自身で行えるパワハラ対策についてもご紹介していきます。
スタッフとのトラブルに発展しないためにも、パワハラについてしっかりと学習しておきましょう。
パワハラって何?
厚生労働省は、職場におけるパワハラについてこのように定めています。
職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる
①優越的な関係を背景とした言動であって
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
③労働者の就業環境が害されるものであり①から③までの要素を全て満たすものをいう。
事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)【令和2年6月1日適用】
これらの3つの要素がすべて揃った場合に、法的にパワハラと判断されます。
歯科医院に当てはめると、どのようなケースが該当するのでしょうか。
少し難しい書き方がされているので、次章で具体的にわかりやすく解説していきます。
具体的にどんな⾏為がパワハラにあたる?パワハラにあたる例6選

パワハラにあたる行為として、具体的には以下の6点があげられます。
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
それぞれの内容と、パワハラに該当すると考えられる具体例、パワハラとして該当しないと考えられる具体例について、1つずつ詳しくみていきましょう。
①身体的な攻撃とは
相手に対して「暴行」を行ったり「傷害」を負わせることです。(相手を身体的に傷つける行為)
【パワハラに該当すると考えられる】
故意的に殴打、足蹴りを行ったり、 相手に物を投げつける
【パワハラとして該当しないと考えられる】
通りすがりなどに誤ってぶつかってしまった場合など
②精神的な攻撃とは
相手に対して「脅迫」「名誉棄損」「侮辱」「ひどい暴言」を行うことです。(相手の心を傷つける行為)
【パワハラに該当すると考えられる】
・相手の人格を否定するような言葉をかける…(例)「お前はダメなヤツだ」「こんなこともできないようじゃ、歯科衛生士と名乗らない方がいい」「どんな教育を受けてきたんだ。親の顔が見てみたい」など
・必要以上に長時間にわたる厳しい叱責をくりかえし行うこと
・他のスタッフの前で、大声での威圧的な叱責をくりかえし行うこと
・ある特定の人の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メールなどを複数のスタッフ宛てに送信すること…(例)ほかのスタッフも見ている歯科医院全体のグループLINEなどで、特定の個人に対する叱責を行う
【パワハラとして該当しないと考えられる】
・遅刻をくりかえし、何度注意しても改善されないスタッフに対して、一定程度強く注意をすること
・業務の内容に照らして、重大な問題行動を行ったスタッフに対して、一定程度強く注意をすること
③人間関係からの切り離しとは
ある特定の人に対して悪意をもって「隔離」「仲間外し」「無視」をすることです。
【パワハラに該当すると考えられる】
・気に入らないスタッフに対して、仕事をさせない
・長期間にわたって別室に隔離したり、自宅で研修させたりする
・ある特定のスタッフに対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させる
【パワハラとして該当しないと考えられる】
・新規採用者に対して、短期間集中的に別室で研修などの教育を実施する
・懲戒規定に基づき処分を受けたスタッフに対し、通常の業務に復帰させる前に、一時的に別室で必要な研修を行う
④過大な要求とは
業務をおこなう上で、明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制することです。
【パワハラに該当すると考えられる】
・肉体的苦痛をともなう過酷な環境下において、長期間にわたって歯科衛生士の業務に直接関係のない作業をさせる
・新規採用者に対して、必要な教育を行わないまま対応できないレベルの業務を担当させ、達成できなかったことに対して厳しく叱責する
・歯科衛生士の業務とは関係のない私的な雑用を強制的に行わせる
【パワハラとして該当しないと考えられる】
・育成を目的として、現状よりも少し高いレベルの業務をまかせる
・繁忙期において、業務上の必要性から通常よりも多い業務をまかせる
⑤過小な要求とは
仕事を行える能力があるスタッフに対して、著しくレベルの低い仕事をさせたり仕事を与えないことです。
【パワハラに該当すると考えられる】
・管理職を退職させるために、だれでも遂行可能な簡単な業務を行わせる
・気に入らないスタッフに対して、嫌がらせのために仕事を与えない
【パワハラとして該当しないと考えられる】
・労働者の能力に応じて、業務内容や業務量を調整したり軽減したりする
⑥個の侵害とは
業務とは関係のない私的なことに対して、過度に立ち入ることです。
【パワハラに該当すると考えられる】
・業務時間外においてもスタッフを監視する
・スタッフの性的指向・性自認や病歴、不妊治療などの個人情報について、本人の了解を得ずに他のスタッフに暴露する
【パワハラとして該当しないと考えられる】
・スタッフへの配慮を目的として、家族の状況などについてヒアリングを行う
・本人の了解を得て、スタッフの性的指向・性自認や病歴、不妊治療などの個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮をうながす
歯科医院で起こったパワハラ実例4選
なるほど!デンタル人事事務局ではこれまで数百名の歯科衛生士さんにインタビューを行ってきました。
そのなかで、私たちが実際に耳にしたパワハラ事例を4つご紹介します。
個人が特定できないよう、一部改変を加えています。
歯科助手として働き始めて7ヶ月ほど経ったときのことです。
学生時代の友だちと2泊3日の旅行に行くことになったので、院長に「有給が欲しい」と申し出ました。
院長はこちらも見ずに、ひとこと「そんなの無いけど?」と…
おかしいと思い理由を尋ねましたが、「だから、うちには有給とか無いから(笑)」と取り付く島もありませんでした。一緒に働くスタッフに聞いてみると、実は誰も有給を取らせてもらっていなかったことがわかりました。
流石にそんな職場では働き続けられないと思い少しして退職しましたが、思えば私が在職していた1年ほどの間に何人ものスタッフが入っては辞めていっていました。
今でもその医院は続いていますが、あの院長、まだ変わっていないのかなあ…と時々思い出します。
院長の機嫌が悪い日は、患者さんの前で舌打ちをされたり怒鳴られるのが当たり前でした。完全に八つ当たりですよね。ひどいと物を投げつけられることもありました。そういう日は基本、スタッフを「お前」呼ばわりしていました。
ドクターがパワハラ気質の医院で働いていました。当時は経験が浅かったので、決められた時間内にSRPが終わらないことが多く、「辞めろ」「クビだ」と脅されました。さらに間に合わせようと焦って歯石を取り残してしまい、チェックの時に「下手くそ」と患者さんの前で罵倒されたのがとても辛かったです。
嫌いなスタッフを無視する風土がある、今思えば変な職場でした。院長にとって気に入らない行動をとるスタッフはその日から無視されます。
長年勤めるお局もそれに合わせて同じように無視するので、常にいじめのような嫌な雰囲気がありました。
院⻑だけじゃない!スタッフ間でパワハラが起こることも

歯科医院における一般的なパワハラは、院長や歯科医師から歯科衛生士に対して行われるものと考えられますが、そうとは限らない場合もあるのです。
具体的には、歯科衛生士の先輩・後輩間や同僚間、さらには歯科衛生士から院長や歯科医師に対して行われるものもあります。
ここでは、スタッフ間でのパワハラ事例についてもお話しします。
数名のスタッフ間でグループが作られる
スタッフが増えてくると、数名ずつのグループが作られていくことはよくあります。
歯科医院内に限った話ではなく、人と人が関わりあっていく上で仲のよい人同士でグループになることは、当たり前のことでしょう。
しかし問題なのは、グループ同士が派閥になって揉めてしまうことです。
たとえばお局のAさんとBさんの仲が悪く院内の雰囲気を乱す、Aさんと仲のよい歯科衛生士の仕事は手伝わない、仕事の情報を共有しないなど、歯科医院全体としての業務に支障が出ることもあるでしょう。
また派閥同士の問題がエスカレートすると、ある特定の人に対するパワハラやいじめへと発展してしまうこともあります。
パワハラを受けやすいのはこんな人
どんなに合わない人がいようと、どんなに自分が疲れていようと、パワハラは決して許されない行為です。
パワハラをはたらく人が100%悪いのは大前提ですが、パワハラを受けやすいタイプの人がいるというのも事実として考えられます。
具体的には
- まじめな人
- 自分に自信がない人
- コミュニケーションを取るのが苦手な人
- 自責思考のつよい人 など
があげられます。
特に自責思考のつよい人は、理不尽なことを言われても「仕事ができない私が悪いんだ…」と自分を責めてしまうことがあります。
そうなると、パワハラをはたらく側としても言いやすくなり、余計にパワハラを助長することになってしまうのです。
パワハラをはたらく側には⾃覚がないことも多い
ここまでパワハラが問題になっているのに、どうしてパワハラはなくならないのでしょうか。
実は、パワハラを行う側には自覚がないことも多く「自分は指導・教育を行っている」と思っている人が多いのが現状としてあるのです。
また自分もそのような指導を受けてきたために、部下に対する適切な指導の仕方を知らないというのも原因のひとつでしょう。
たとえば具体例②の「精神的な攻撃」のなかには「大勢の前で叱責する」という項目がありました。
院長としては歯科衛生士に対する適切な指導だと思っているのですが、叱られている歯科衛生士にしてみると「みんなの前で怒られた…」と感じている場合もあるでしょう。さらには「怒られた」という嫌な感情だけが残り、肝心の指導内容は伝わっていないということもあります。
部下に伝える際には、
- 当事者と2人になれる場所で話す
- 具体的によかった箇所とよくなかった箇所について伝える
- どうすれば解決できそうかを一緒に考える
これらのことに気をつけなければいけません。
また気づかないうちにパワハラを行ってしまうことを防ぐためには、指導者が指導の仕方について勉強する必要があります。
- 指導者の役割
- 個性に合わせた教え方
- 人それぞれのモチベーションの上げ方など
指導者が正しい指導の仕方を身につけると、パワハラも自然となくなっていくことでしょう。
パワハラがもたらす深刻な損失
パワハラは、単に法的なリスクがあるというだけじゃないんです。
実は歯科医院の経営にとって、様々な面で大きな損失をもたらすことになります。
そんなに大げさかな?
…と思われるかもしれませんが、具体的な損失を知ることで、パワハラ防止がいかに大切かが見えてきますよ。
医院全体への影響とコスト
パワハラの影響は、被害を受けたスタッフ個人だけの問題ではなく、医院全体の雰囲気や業績にまで波及していくんですよ。
<パワハラによる医院全体への損失>
- 従業員のモチベーション低下: 「今日も怒られるかも…」という不安から、積極性がなくなっていきます。しかも直接の被害者だけでなく、それを見ていた周囲のスタッフも萎縮してしまうんです。
- チームワークの悪化: 「自分さえよければ」という空気が生まれ、以前なら当たり前だった「手伝い」や「フォロー」が減っていきます。
- 医療ミスのリスク増加: 「怒られたくない」という緊張や恐怖から集中力が低下し、本来なら避けられたミスが増えることも。これは患者さんの安全にも関わる問題ですよね。
- 訴訟リスクの増大: 最悪の場合、法的措置に発展することも。賠償金や裁判対応のコストだけでなく、院長先生自身の精神的・時間的負担も計り知れません。
- 医院の評判低下: 今の時代、SNSやクチコミサイトで内部事情はあっという間に広まります。「あそこの院長は怖い」と評判になると、新規患者さんが減り、既存患者さんも離れていくかもしれません。
パワハラが日常になっている職場では、スタッフのストレスから病欠や休職が増え、残されたスタッフの負担がさらに増えるという悪循環に陥りがちです。
「最近うちのスタッフ、元気がないな」と感じたら、職場環境を見直すサインかもしれませんね。
スタッフ退職がもたらす具体的な損失
特に医院経営に大打撃となるのが、パワハラが原因で人材が流出してしまうケースです。
「また一人やめちゃった…」と頭を抱えている院長先生も多いのではないでしょうか?
歯科衛生士や歯科助手の退職は、見た目の人件費以上に大きな損失につながるんです。
<スタッフ退職による具体的な損失>
- 採用コストの増加: 「求人広告を出して、面接して、手続きして…」という一連のプロセスにかかる費用と時間は侮れません。特に人材不足の今、良い人材を見つけるまでに何ヶ月もかかることも。
- 教育コストの増加: 「やっと採用できたけど、まだ一人前じゃない」という状態からスタート。先輩スタッフが指導に時間を取られるので、医院全体の生産性も下がります。
- 引き継ぎ期間の生産性低下: 退職者から新人への引き継ぎ期間は、通常の2倍近い時間がかかることも。その間の医院全体の効率ダウンも大きな損失です。
- 患者さんとの信頼関係の断絶: 「あの衛生士さんが良かったから通っていた」という患者さんが離れてしまうリスクも。特に予防歯科に力を入れている医院では深刻な問題かもしれません。
- 周辺地域での評判悪化: 退職したスタッフが近隣の歯科医院に転職すると、「あの医院はパワハラがある」という評判が広まりやすく、採用難易度がさらに上がることも。
実は歯科衛生士さん一人を採用して一人前に育てるまでのコストは、その人の年収の1.5〜2倍とも言われているんですよ。
例えば年収400万円の衛生士さんが辞めてしまうと、単純計算でも600〜800万円以上の損失につながる可能性があるんです。これって結構大きいですよね。
何より、パワハラが原因で長年一緒に頑張ってきた優秀なスタッフを失うことは、医院にとって本当にもったいないことです。
その人が持っていた技術や患者さんとの関係性、医院の文化を支えてきた存在は、お金では測れない価値があるのかもしれませんね。
パワハラ防⽌措置について
歯科医院内でのパワハラを防止するために、院長ができる対策があります。
- 院内方針を定める(就業規則)
- 相談窓口の設置
- パワハラ発生時の対処と再発防止
- 院内スタッフに向けた講習
それぞれ詳しくみていきましょう。
①院内方針を定める(就業規則)
「パワハラを行ってはいけない」と院内で規定する必要があります。
院内方針を定めたら就業規則などの文章にしっかりと明記し、同時にパワハラを行った場合の罰則についても合わせて記載しておきましょう。
また就業規則は歯科医師や歯科衛生士など、働いているスタッフにもしっかりと周知することが大切です。
②相談窓口の設置
第三者機関に相談窓口を委ねることを検討しましょう。
理由は、内部の相談窓口では機能しない可能性があるからです。
- 事実がもみ消され、相談しても助けてくれない
- 相談内容が他のスタッフに知られてしまう
- スタッフに相談内容が知れ渡ることで、相談者が孤立してしまう
- トラブルによって退職した場合、院長に損害賠償が生じる可能性がある
このようなことが起こるとはあまり考えたくありませんが、相談窓口を機能させるためには、外部の機関に相談窓口を設置することが必要になるでしょう。
また外部に相談窓口があることを、歯科医師や歯科衛生士などのスタッフに周知することも院長の大切な役割です。
③パワハラ発生時の対処と再発防止
万が一院内でパワハラが起こった場合には、迅速かつ正確に事実関係を把握しましょう。
事実確認ができた場合には、被害者への配慮を速やかに行います。
パワハラをはたらいた人に対しては、就業規則に書かれているとおりの罰則を与えます。
それと共に、再発防止のためにはどうすればよいかを考えましょう。
④院内スタッフに向けた講習
院内スタッフに向けた講習もパワハラを防ぐための有効な手段です。
- パワハラの発生原因
- パワハラが起こりやすい背景
- 院内の方針(就業規則)
これらの内容を歯科医師や歯科衛生士などのスタッフにもしっかりと理解してもらいましょう。
また院長自身もパワハラに対する知識・理解を深め続け、重要だと思われることについてはその都度スタッフに伝えることも大切です。
スタッフが働きやすい環境をつくりたいと思ったら

パワハラを防ぎ、スタッフが働きやすい環境をつくるためには、そもそもパワハラをはたらきそうな人は採用しないことが重要になります。
しかし「どうすれば自分の医院にあった歯科衛生士を採用できるのだろう…?」と悩んでいる院長もいらっしゃるのではないでしょうか。
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